ラグビー界のドンキーコング 笠井建志
広い肩幅、太い腕、今でも現役といってもおかしくないくらいの大きさだ。現役時代の体重は120kg。20年前ではこの大きさは、まさしくドンキーコングだった。現役を退いた今、コーチをしながらラグビー界を支えている笠井建志さんに話を聞いてみた。
笠井建志さんプロフィール
生年月日 1976年6月7日
出身地 東京都
出身校 本郷高校、法政大学
所属チーム 東芝ブレイブルーパス(2012年引退)
日本代表 11キャップ
コーチ歴 日野自動車レッドドルフィンズ
明治学院大学
ブレイブルーパス府中ジュニアラグビーフットボールクラブ
コーチ業
「仕事の方は、現在は株式会社東芝で営業をやらせて頂いています。ラグビー関係ですと、明治学院大学のコーチと府中のジュニアラグビークラブのコーチをやらせて頂いています。
コロナ禍の中、大学ラグビーは7月から始まり、やっとコンタクトの練習が出来る様になりました。ラグビー活動の安全を目指して、日本ラグビーフットボール協会の指針に沿って進めています。大学ラグビーのシーズンもいつ開催されるか、まだ分からない状況となっていますが、いつ開催しても大丈夫のように準備を進めています。
大学はスタート出来て良かったのですが、ジュニアクラブの小学生以下は、グランド使用の関係や、練習の参加人数の問題もあり、まだグランドを使用した活動がスタート出来ていません。Zoomを使用して、子供達とのミーティング等でコミュニケーションを取りながら活動している状況です。
コロナ禍でグランドでの活動が出来ない状況の中、今後も安全面を十分考慮し行かないといけませんし、集まっての活動出来ない中、頭を使いラグビーを勉強する時間を増やしています。」
ポジション プロップ
「昔コーチが言っていた言葉があるのですが、『プロップ(背番号の1,3番)はスーパーマンだ。』と。コーチが選手の気持ちを持ち上げて練習させようという魂胆だったのだと思います(笑)。
プロップはなんでも出来るポジションです。スクラム、ラインアウト等のセットプレーには必要です。パスしてもボールキックしても、ステップを踏んで相手を抜いても良いです。スクラムを組みたければ、自分でボールをノッコン(前にボールを落としてしまう事、相手ボールのスクラムからスタート)する事も可能です(笑)。ラグビーではプロップはなくてはならないポジションです。スーパーマンという例えは、最初聞いた時は嫌だったのですが、今はその通りだなと思っています。とてもしんどいポジションなのですけどね(笑)。」
ルール改正
「ラグビーはルール改正がよくあります。フォワード(FW)にとって重要なスクラムもよく改正されます。
昔はラックなどで倒れていたらグランドと一緒だと言われていて、スパイクで踏まれたりもしました。今はルールも進化し、そういう危険なプレーには警告等のカードが出るように変わっています。
ルール改正はラグビーのエンターテイメント性を考え、観客に分かりやすく、楽しく見せるためにも行われます。危険なプレーは見ていて面白くないので、より厳しくジャッジされるようになって来ています。毎シーズンごとに少しずつルールが変化してくるのも、ラグビーならではの面白さだと思います。」
スクラム
「スクラムはFW8人で一つのパッケージになって組むと言われています。今はルールも変化していて、バインドし止まってからレフリーの合図で組みますが、昔はバインドもないですし、FW8名が走りながら勢いをつけて組むようなイメージでした。今よりもスクラムは危なかったと思います。昔の試合をビデオで見ると、よく怪我せずにスクラム組めていたな、と思います(笑)。
自分より大きい相手とスクラムを組む機会はあまりなかったのですが、小さくて嫌なタイプはいっぱいしました。もともと自分はスクラムが強い方ではなかったと思っていますので、いろいろと試合中、相手に対応するのに苦労させられました。試合中にスクラムが有るたびに、スクラムを組むのが嫌だった時もあります。自分でノッコンしてスクラムになるのは、しょうがないなと思っていましたが(笑)。
同じ府中市で活動している、サントリーサンゴリアスの長谷川慎(現在は日本代表のFWコーチ)さんなどは、スクラムの理論も素晴らしいですし、本当にスクラムが好きな方なので、尊敬しながら当時スクラムを組ませて頂きました。サントリーさんは本当に凄く強いプロップが多かったですよね。
東芝とサントリーはグランドが近いので、当時はよく合同練習を行ったのですが、そんなに何回も合同練習しなくてもいいんじゃないか、と思っていました(笑)。スクラムは苦手だったので、スクラムの練習を早く切り上げてくれ、と。モールは得意だったので、早くモールの練習やらないかな、と思っていましたよ(笑)。この餃子耳は高校生の時にモールの練習が多かったので、その時に出来ました。高校1年生まではロックだったのですが、その後、先生の一言でプロップに転向しました。」
東芝
「東芝の練習は、世間から『親に見せられない練習』と言われていましたが、確かにきつかったのですが、ずっと練習をやり続けて来たので、練習の内容には身体は慣れていました。当時は優勝という結果も出ていましたので、みんな納得して厳しい練習をしていました。
ファンの方にも従業員の方達にも応援して頂いて、それに対して結果が出せたのは嬉しかったですし、とても感謝しています。
東芝は無名の選手を育てる土壌があります。当時の大野均もそうですし、望月雄太なども身体が小さい中でも頑張ってレギュラーになっていました。大野均などは、入社当時は本当に素人と変わらないくらいでした。そこから頑張って、今は日本を代表する伝説のFWになりましたから。凄いなぁ、と思います。性格も素直ですし、試合に対しても本当にストイックですし、飲みの席でもストイックでした(笑)。
東芝の選手は酒の飲む量が凄い、とよく言われていますが、飲む人達がちょっとだけ多かっただけです(笑)。僕も一般並みに飲めましたので(笑)。ラグビーは、試合後にアフターマッチファンクションという相手のチームの選手と一緒にお酒を飲む文化があります。その後、戦った相手のチームの選手と飲みに行く事も昔はありました。
今の選手達は、以前より試合数も多いですし、次の試合の間隔も短くなっています。代表選手などは日本代表の試合を見据えて行動しなければいけませんし、スーパーラグビー参戦もありましたので、コンディショニング管理が非常に上手くなっていると思います。」
あだ名はドンキー
「あだ名の『ドンキー』は、大学のセレクションの時に当時の4年生の方に『あいつドンキーコングみたいにデカイな』と言われた一言から、ずっと『ドンキー』と呼ばれるようになりました。何十年と『ドンキー』と呼ばれているので、本名の『笠井』と呼ばれると、誰の事を呼んでいるの、という感じになります。
実は親にも『ドンキー』と言われていたようで、直接僕を呼んだわけではないのですが、大学の試合時に、僕の親が部員に『うちのドンキー呼んできてくれ』と言っていた、とういう逸話があります。自分でもこのニックネームは気に入ってます。」
来季を見据えて
「明治学院大学ではFWコーチをしていますので、シーズンに入る前までにFWを強くしていきたいですね。現在は関東大学対抗戦の2部に所属していますが、上位を争える力があるので、1部との入れ替え戦を見据えて、1部に入れるFW作りを強化していきたいです。
東芝はコーチ陣に湯原祐希、森田佳寿、採用では望月雄太と若い力が頑張っています。今シーズンのトップリーグ(2019~2020)前半は、チームの調子が良く優勝できるかもと楽しみにしていたのですが、コロナ禍の影響でリーグが中止になってしまいました。
良いチームを作って、来シーズンに向けて若い人達が頑張っていって欲しいですね。優勝を経験している選手達が少なくなって来ているので、1回でも優勝する事が出来れば、またチーム内も変わって来ますので、みんなで力を合わせて頑張って欲しいと思います。
このようなコロナ禍の情勢でラグビーを観ることはまだ出来ませんが、各ラグビーチームは始動しています。シーズンが始まれば、競技場もしくはTV等で観戦し応援して頂ければと思います。」